フランス料理を食べ逃した件

卒業祝いに、仲間達を集めてミシュラン一つ星な店でフランス料理フルコースという企画をやったのですが、料理が運ばれてきた瞬間、ものすごい激痛が私を襲い、そのまま病院送りに。数週間前から皆の予定を調整し、レストランの予約をとり、準備を進めていた幹事の私が、そして食い意地のはったこの私がですよ、一口も料理を食すことなく全くの原因不明で病院ゆき。この理不尽さをどこへやったらよいのか。とにかく体調管理は重要ですという。

はだまぶろぐのうらばなし

第二の山越えが終わり、ようやく一息。

ところで、もうだいぶ時機に後れてしもうたが、葉玉Blog裏話につき↓本人がお語りなので忘れないようにメモしておかねばなるまい。
http://mainichi.jp/life/electronics/news/20080115mog00m300031000c.html
アルファブロガー・アワード2007」。それがどれだけすごいのかは知らないが、立案担当官が書くBlogというのは、やはり画期的なものだったといって間違いないないと思われる。
昔、葉玉Blogの法的評価うんぬんの問題を取り上げたことがあったような、なかったような、だが、本人は公式見解と思われないように気を使っていたようだ。

HPだと公式っぽいですが、ブログだと個人がやってるので、法務省の公式見解だとは誰も思わないだろうと。実はそれを一番気にしてたんです、私自身は。だからできるだけ非公式感のあふれるものにしたい。だから「会社法であそぼ。」なんです。誰もこれを法務省のHPとは思わんだろうと。ましてブログだし、変な背景だし(笑い)。よく「会社で変なページを見ていると思われるので、もっと格式高くしてください」と言われるんですが「そこはダメです。これだから意味があるんです」と。
…いきなり公にやって失敗し、国会に呼び出されて「なんでこんなことになってるんだ」と言われちゃかなわないでしょ。だから無責任ブログが一番いいかなと。上司が国会に呼ばれても「あれは葉玉というのが個人でやっているもので、法務省は一切関与しておりません」と言えるじゃないですか。

しかし、官民双方コミュニケーションツールとしてのBlogという発想には、共感できるところもある。

私はむしろ、首相官邸メールマガジンや各省のHPというのは結局一方的な発信なんですけど、それを双方向で書き込めるものが公的にあっていいと思うんですよね。責任回避という点からいけば、「ブログなんて、公で解説するようなもんじゃない」というのは正論だと思うんですが、日本のためという視点から見れば、私みたいな変わり者でもいいから誰か一人正々堂々と受けて立ち「こうですよ」「それはちょっと立法に生かさせてもらいます」とか、公開の場で議論できるようなメディアがあれば楽しいんだろうと思うんです。
…中にちょっとオープンなスペースがあって、そこではお互い対等な立場で、向こうが文句言ったらこっちは言い返す、再度文句言うならどうぞ、消しはしません、と。少々途中で言い過ぎたり話が間違ったりしても、それも含めてそのプロセスを公開しましょう、というカテゴリーがにあれば、いろんなメディアや会社、国がすごく身近になる。そういう夢が私の中にはあるんです。

オープンでパブリックな議論スペース、か。。。

しかし葉玉先生、公務員時代より今の方が更新頻度は低くなっている。お忙しいのだろうが、↓の問題も無視はできまい。。。

始めた時は公務員だったんですよね、法務省の。だからお金を取るわけにはいかない。…弁護士になって急にブログをやめるのもおかしいだろうと。ちょっと矛盾を感じる時はありますけどね。お金を払って来るお客さんに提供するサービスのレベルと、ブログで無料で質問にお答えする部分のレベルを、どう折り合いをつけるかという課題はあると思っています。

不服申立期間の統廃合

行政処分不服申し立て、審査機関を統廃合・政府、与党検討
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20080106AT3S2900M05012008.html
 政府・与党は行政処分への不服申し立ての審査や紛争処理などを担当する中央労働委員会などの行政機関の統廃合を検討する。処理件数が減っている機関があるほか、処分を出す省庁の担当者が人事異動でその処分を審査をする機関に移る例があり、中立性を疑問視する声があるためだ。自民党司法制度調査会を中心に作業を進め、できるものは18日召集の通常国会に関連法案を提出したい考えだ。

 不服審査機関の見直しでは国土交通省航空・鉄道事故調査委員会海難審判庁の統合が昨年12月に決定。政府・与党は国交省所管の船員中央労働委員会も2008年度中に厚生労働省所管の中央労働委員会に吸収させる考えだ。(07:02)

海難審判庁と言えば、某行政訴訟の授業でしこたまやらされましたが、これはなんだかよくわからない機関だと思った覚えがあります。事故調と統合されるとなると完全に事故原因調査のための第三者機関になるちゅうことなんですかね。中立性への疑念といえば、公取の審判制度も、経団連が頑張って廃止にねじ込む勢いであるようです。このことへの政策的妥当性は置いておくとして、今後の動きをWatchしておく必要がありそうです。

公取委の審判制廃止で一致・自民独禁調
http://skill.nikkei.co.jp/news/keizai/20071212AT3S1200D12122007.html
 自民党独占禁止法調査会は12日、公正取引委員会行政処分の是非を自ら判断する「審判制度」の廃止を求める方向で一致した。同制度を廃止するかどうかは公取委が来年の通常国会の提出を目指している改正独禁法の焦点の一つとなっていた。ただ公取委は「独禁法の審判は高度な専門性が必要だ」などとして制度の存続を求めており、そのまま廃止につながるかどうかは不透明だ。

 公取委は談合やカルテルなど企業の独禁法違反行為を調査し課徴金を科すなどの行政処分を行う一方、その処分に対する企業からの不服申し立ての第一審に当たる判断をする。これについて自民党日本経団連は以前から「検察官が裁判官を兼ねるようなもので公正ではない」と指摘。審判制を廃止し、判断を裁判所に委ねることを求めてきた。

 自民党は関係省庁などと調整したうえで、審判制の廃止を独禁法改正案に盛り込ませたい考え。公取委が現行の審判制を維持したまま法改正に踏み切るには難しい情勢になっている。(13:01)

もはや

昔引用した村上本から再引用。

村上淳一が引用するどドイツの法学学習入門の本の記述:「判断能力は自己信頼を必要とする。自立的な判断の形成を妨げること多大なのは、心配することである…勉強すべき科目の多さ、学習文献の氾濫、迷路のように見通しのきかない状態…時には自分自身の気分…国家試験の準備をしなければならないというプレッシャーなどが、心配を募らせる」「心配とは危険なものであって、膨らんでいけば不安になり、それが学生を硬直させ、意気消沈させてしまう。不安が支配するところでは、判断能力は衰弱してしまう。特効薬はない。クナックは、専門の学習によって基礎付けられた自己信頼によってのみ心配を乗り越えることができると信じていた。自己信頼は、深まっていかなければならない」

逆コース

↓この人が首相になれば公文書管理が・・・て聞いてたけど、ほんとにそのとおりになったんだなあ、と。

国立公文書館独立行政法人から国の機関に“逆”移行へ

12月7日22時11分配信 毎日新聞

 政府は7日、独立行政法人改革の一環として、内閣府所管の「国立公文書館」を国の機関に戻す方針を固めた。01年に独法制度が始まって以来、法人が国の機関に移行する「逆コース」は初めて。公文書の収集・管理体制が諸外国と比べて遅れているのを懸念する福田康夫首相の意向が強く反映されている。

 政府が8月に閣議決定した改革の基本方針は廃止・民営化を原則とし、政府機関化は例外措置。首相は10月に公文書館を視察した際、「国の仕事として必要かどうかをよく吟味した上で独法化するのが本来の姿だ」と述べ、独法化は誤りだったとの認識を示していた。

 公文書館は01年4月に独法に移行した。行政文書の保存期間は最長30年だが、文書を廃棄するか公文書館に移すかの判断は各省庁の裁量に委ねられているのが実情だ。このため、最近では社会保険庁年金記録が散逸するなど、公文書管理の見直しが急務になっている。政府機関化に伴い、政府は人員増強や内閣に公文書整備対策室(仮称)を設置することを検討。歴史的公文書の保存体制も充実させる。【三沢耕平】

(強調は引用者)
「逆コース」という比喩は望ましくない意味で用いられるように思うけれども、現実の方策の評価としては必ずしもそうではないのかなと思う。
↓このニュースも注目。毎日新聞は、記者の名前が記事の末尾につけられていて、ある分野について継続的に追っている記者さんは誰かということが一目瞭然でわかる。この記者さんは消費者問題についてよく書かれている人だ。いつも読ませていただいてます。頑張れ毎日新聞!!

国民生活センター>消費者からの直接相談存続へ

12月7日22時13分配信 毎日新聞

 岸田文雄・国民生活担当相は7日、渡辺喜美行革担当相と会談し、独立行政法人国民生活センター」の整理合理化で、消費者から相談を受け付ける直接相談を存続させる意向を伝えた。

 内閣府がまとめた整理合理化案では、直接相談を廃止し、全国の消費生活センターからの経由相談に業務を縮小する方針だった。存続案はそれだけでは独立行政法人改革の流れに逆行することになるが、消費者団体から「消費者行政の後退につながる」との批判が相次いだことなどから方針を転換した。【板垣博之】

「近況報告」って何さ

お金を出すこと=「出えん」て、変換しても出てこないんで、手書きパットで書こうとしたんですが漢字が思い出せなくて、こゆときどうしたらいいんでしょう。なんかもお「厭世」の「厭」でいいかな、て思っちゃいます、そゆ気分なんで。
目の前には雑多な文字の羅列が並んでいます。指導担当のせんせには、「一文字一文字彫るように」とか言われましたが、雑多な内容を詰めこんでいるためか感覚的で荒っぽく、とてもよくまとまった緻密な議論とは言い難い状況になってます。正面から向き合わなければと思えば思うほど、頭の中はそれから逃げようと、逃げようとしてしまう。結果、文章は厳密さとは程遠い、スカスカの間に合わせのでっち上げになってしまう。そのようにして生きてきたのだから仕方がない、ともゆう。パソコンは罪ないきものだ。思考を停止させたまま文章をでっちあげることを可能にするのだから。「手書きと言うのもいいものですよ」と言われたが、さすがにそんな時間は…。文章を書くのは、昔から苦手だったのだ。